バイトとか

本格的な夏入りをして僕の身の回りも少しずつ変化してきた。ひとり暮らしを始めた友人のほぼシェアハウス化したような部屋に入り浸ったたり、再開したバンドのPV撮影をしたり。何よりバイトを始めた。短期間の夏っぽいバイトだ。業種は伏せる。別に隠す必要はないけどね。

朝早いのが辛いところである。学生またはニートをしてるときは無駄に朝早くに起きていろいろとしていたがバイトとは言えいざ働くとなると途端に布団から起き上がるのが億劫だ。どうやら僕は何かに拘束されてしまうのに極端に弱いらしい。朝起きて、「ああ今日は海岸に行って海でも見ながらコーヒーを飲むか」そういう自由がなくなる。それはとても辛い。ふと、どこかに、感じた時に、ふらっと行けるような自由があるって素晴らしいと思う。

 

さて、バイトの話に戻る。バイト先はほとんどがシルバーの人材で構成されている。若い世代は僕を含めて4〜5人かな。今のところ、ずっとお爺さんお婆さんとしかシフトが被らないので超高齢化社会を感じる。自分の心まで老いる錯覚を覚える。業務上、空き時間が多いので、空いた時間で彼らと事務室で過ごす事になる。そこでまず感じるのが異常な昔話の多さである。どんだけするんだ。昭和時代の町並みの話、昔はあそこに防空壕の跡地が有ったとかそういうの、今は無くなったけどあのお店のパンが美味しかったとか……へぇそうなのかーって感じだ。聞いてて面白いときもあるが、その時代に生きてない僕はその話についていくことはできない。同じ地元なのに違う世界の話をされてるみたいだ。

時間の流れが緩やかなバイト先で、正直暇である。それは非常に有り難いことだし助かるが、ひとつ問題がある。彼らご老人ひとりひとりの指導内容が結構食い違っているのだ。例えば閉館作業の掃除のやり方ひとつ取っても結構違う。

こんなところぱぱっと済ませば良いんだよ、という人もいれば念入りに丁寧にやりなさいという人もいる。戸惑う。片方の言う通りにやれば時間かかりすぎと言われるし、もう片方のやり方をすればもっと時間をかけろと言われる。

しまいには、「あの人のやり方は違うんだよなぁ、ここはさ、たぶん皆やり方が違うからその状況に合わせて判断しな」と言われた。老人同士のちょっとした考え方の違いに振り回される。僕は結果が良ければ、合理的な方法を選べばいいんじゃないかと思う。例えば、何から始めるだとか、掃除の手順が多少違っても結果的に掃除が終わればそれで良いじゃないかと思う。彼らはお互いに折れるということを恐らくあまりしない。僕も年老いて行くと凝り固まった自分のやり方でしか物事に当たれなくなるのだろうか? と軽い恐怖を覚えた。

幾つになってもフレキシブルに動きたいものだ。