焼き鳥屋で飲む

最近は友人宅の近場の焼き鳥屋で一杯交わすことが多くなって来た。

僕の家から友人の家まではだいたい一駅くらいの距離で、30分ほどの時間がかかる。一駅区間だけ電車に乗ってもなぁ、と思っているので歩いて向かっていく。

家で喋っていると正直飽きてくるので、頃合いになると「それじゃ行くかー」といった感じで少し歩き焼き鳥屋へ。ここはお手頃な値段なので気兼ねなく行けるのが良い。僕はビールを一杯頼んだら、後はずっと緑茶割りを飲んでいる。安いし、濃い味の焼き鳥にはこれが合うのだ。

 

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社会人の友達もいればニートの友達もいる。

卓上を囲み、無職と有職の境界線上トークが繰り広げられる。暖色の電球が店を照らし、外に設置してある赤提灯が風に靡く。

仕事のキツさ嘆く友達、職に就いてない宙ぶらりんの状態を焦る僕とニート友達、しかし、共通して皆がある種の不安感を抱えていた。僕たちは個々の状況がどうであれ先が見えないのだ。そもそも自分たちの理想がどこにあるのかそれすら分からない。

だけどやはり、みんなでいると少しだけ不安が和らぐのだ。こうして楽しい飲み会ができるだけまだ救われる。つくづく思うのは、友人というのは自分を計る物差しになる。それが時に焦りに変わる場合もあれば、大きい味方になることもある。毒であり薬でもある。そして、僕らがどれだけ酷い状態に陥ったとしても、10年後もこうやって酒を飲めるはずだ。