求人広告を見る。アットホームな職場とはなんぞや。

アットホームな職場です。求人広告で良くこのような謳い文句を目撃する。はて、それは一体どのような職場なのだろうか。僕は応募してみる気は無いのだけど、実際にアットホームな職場に就職された方がいるなら、その体験談とか聞かせて欲しい。ちなみに僕の友人には"簡単なお仕事です"に騙されて、腰と精神をやられてしまった人が居る。仕事は難しい……。

 

しかし、そんなことを言っていては何もできない。今すぐ何でもいいから働くんだ。既に生涯フリーターを覚悟したニートの僕は意気揚々と求人サイトの荒波を搔い潜る。めぼしそうな物もいくつか見つけた。さあいざ。

 

……マウスのクリックができない。

 

あれ、僕はバイトするのを怖がってる?

 

2ヶ月も怠けていたせいだろうか。それが理由かは分からないが、何故だか始めるのが怖い。

まず面接に通るだろうか。通った後に上手くやれるだろうか。あぁ、そもそも最初から僕は人と何かをするのが怖い。交遊や大学勉学関係ならいざ知らず、バイトのようにお金が絡むようになる『仕事』ととなると、どうしても尻込みしてしまう。

一番最初に職場に出向いて初対面の人との間に生まれるあの微妙な空気も苦手だ。そりゃ最初から「おう来たな!歓迎してやるぜ!」とはならない。相手だってこっちがどういう人間かを見定めようとしてるのだ。明るい奴なのか、暗い奴なのか、さてさてこいつは使いっ走りにできるかな、等。

出来る限り僕は愛想笑いと挨拶だけを絶やさないようにしてるが、そんな取り繕いもすぐに無駄になる。すぐに無口にチェンジ(たまーに猛烈に気が合う人とかがいて、そういう人がいると凄くやり易いのだけど)

 

ああ、こうやって社会不適合者はゆっくりと部屋で熟成されていくんだな。漬け物みたいに。

そう嘆いて窓の外を見ると今日は幾分か晴れていた。もし全ての後ろめたさから解放されて、あの青空の下を堂々と歩けたらどれだけ気分が良いものか。社会なんて関係ないね、僕は自分の好きな時にふらりと海に行き、ふらりと山に行く。気の向くままさ。そのようなスタンスでいれるほどの強力な精神力が僕にあれば……!

それでも「何してるんだろ、俺。どうにかしないと、なんとかしないと」ぐるぐるそれが頭を回るのだ。

たまにネット見かける「俺はニートで一生ずっとやってくぜ。今日も一日ラノベを書いた。ゲームをした。最高だ」系の人たちの精神力は凄まじいと思う。僕にはダメだ。それができない。不安になる。怖いのだ、社会から切り離されることが。しかし面倒くさいことに社会に溶け込もうとすることも怖いのだ。

どっちにしろ人間は、最後は人間とどこかしらで関わって生きていかなければならない。それは仕方がないことだから、そうする他ない。どこか機関に所属しているのは安心する。学生のときは謎の晏如感があった。それが例えバイトや派遣社員だとしても、どこかしらで何かをしてるという形があるだけきっとマシなんだ。

 

長考の末、僕はまた求人サイトの波に埋もれて行った。

禁煙の話・ついにお金が底をつきた

お金がない。ついに貯金も合わせゼロに。正確に言えば手持ちで30~40円あったはずだが、きょうび30,40円で何を買えと言うのだ。

というわけで貨幣経済に打ち勝てず、泣く泣くジリ貧生活に身を投じるわけで、実家暮らしでなかったとっくに死んでるだろうなぁ、と思いつつ寝転がる。

お金がないせいでタバコが買えずもう5日も吸ってない。意図せず禁煙状態になってしまった。

ひたすらぼんやりとしている、意識が。そして猛烈に眠い。めっちゃ眠って、しばらく起きてすぐ眠るをしばらく繰り返した。これは禁煙の時に現れる、俗にいう離脱症状らしい。脳がニコチンを切望するため、身体に不調を起こすのだ。

ここ数日気になっているのは頭痛、眠気、頭ぼんやり、それと便秘か。

調べてみると見事に禁煙時の体調不良と合致した。

このまま禁煙してみるのも悪くないか。もはや、なんでもいい……ひたすらやる気が出ない。

たぶんコーヒー飲んだらやる気出るから後でコーヒー飲もう……。

サプリメントとかその他。

健康でいたい。というよりは、調子のいい状態をなるべく続けたいものだ。兎角、僕は謎の気怠さに悩まされることが多い。それは恐らく精神的なところから来てるのだと察する。病は気から、というがあれは本当にそうなのじゃないかとこの身を以て実感している。例えば、風邪になって「ああーもうダメだ。キツすぎる」と身体も精神も底に落ちると、余計に長引いて悪循環を引き起こしている気がしてならない。風邪の時に少しでも治すことを心がける。またそのせいで眠れないときも布団に転がっているだけじゃなく、ネットをしたり本を読んだりと気を紛らわせると、風邪を引いていることを忘れてしまう時もある。だがしかし、一旦自分が弱っていることを意識する(調子の悪さを思い出す)と釘を打たれたかのように心と身体がやられてしまう。関係ないけど、風邪を引いて熱が出て来て朦朧としてくると、普段の状態が如何に健康で、何事にも代え難い事だと改めて理解できるよね。

 

普段から元気はつらつで居たいなー、となるべく願っている僕は身体に活を入れるためにサプリメントやらエナジードリンクの類いを頻繁に接種している。特にカフェインは恒常的に取ってる。コーヒーや紅茶は欠かせない。身体にカフェインを入れない日があまりないくらいだ。

しかしカフェインは取りすぎると正体不明の焦燥感に駆られることもしばしば。あれ、何なんでしょうね。カフェインも立派な精神刺激薬なのだと時たま実感するなぁ。

やる気が出ない、つまり無気力状態プラス集中力の欠損が僕に取っては特に辛い。本を読んでも頭に字が入らないときもあるし、ネットで動画を見てもスクロールの途中で中断して別のことをやり出す始末。ニュースやまとめサイトで面白そうな記事を見つけると次々にクリックしてしまい、結果タブの量が凄い事に。それを消化するのにもまた時間がかかる。

そういう時にエナジードリンクを飲んだり、タバコを吸ったりすると緩やかに集中モードに入れる、気がする。だけど効果が日に日に弱まって行く感じがして、それは恐らく耐性が付くという奴でこれには困る。

なので、此処1~2年はスマートドラッグなるものも取り入れていた。その辺りは有名どころが沢山あるので詳細に書くのは省くがーー気になる人は調べてみてくださいねーーこれがかなりの確立で効果を体感できる。

僕はトゥルーフォーカスという、簡単に言うと脳の栄養になる成分が沢山濃縮されたものを愛用しているのだが、これをたまに飲むと活動的になるから面白い。

・やろうやろうとだらけていた部屋の掃除に着手できたり

・本を集中して読めたり

・少しポジティブな気になれる(たぶんブラシーボ)

僕は、そこからさらに頭がよくなると言われるGABAをエナジードリンクで飲む。フルパワーになるので、終わらせないといけない事があるときは本当に助かる。

それとサプリメントだと寝る前にセント・ジョーンズ・ワートを飲む。なんか気持ちが若干まったりしてリラックスする気がする。でも気がする程度なので、それが寝る前のせいなのかサプリ自体のおかげかは定かではない。

 

まとめると……実際に効いているのか、はたまた思い込みなのか? それは分からないが、お守り程度にそれらを使うのはそんなに悪いことではないな、と僕は考えています。

 

僕の中高時代にラインとかが無くて良かったなぁって思う

僕の母校の公立中学校はあまり良い場所ではなく、正直なところ、僕が在学していた三年間のうちにイジメの噂もしばしば耳にしたことがあった。幸運にもそれまで虐め問題とは無縁でいられた僕は蚊帳の外から、ぎりぎりのグレーゾーン、一歩間違えたら正真正銘の虐めになる際どいレベルの行為を目撃したことが何度もある。良心の呵責とかそういう気持ちは正直無かった。限られた友人内でしか僕は同級生と関わらなかったので、それが他人を不快にさせている行為なのかそれとも別のグループ内の単なるじゃれ合いなのか判別が付かなかったからだ。

大人になると、あれは行き過ぎだったよな……と思い返すときがたまにある。止めてあげれば良かったのか? と考えもするけれど、中学時代の僕はあまり目立つタイプの生徒ではなかったし、成長期が来るのが遅かったため身体も小さく、変に関わっていたら逆に標的にされたのかも。

ふと思ったのが、僕たちの時代に今みたいなスマホ全盛期で写真や動画を軽い気持ちでSNSにシェアリングする文化が無くて良かったなーと。当時はまだガラケーの時代だったので動画をメールで送るのも凄い時間が掛かったし、画質も全然良くない。容量も短いので、あまり動画を送り合うとかはなかった。インターネットにしても個人用のパソコンを持ってるって人間はあまりクラスにいなかった。そっかあの頃はまだiモードとか使ってたんだよな、懐かしい。

最近の子はライン内でイジメだとか、挙げ句の果てにその内容の動画や画像を回したりだとか、そういう事があるらしい。twitterにあげる獰猛な者も存在するとか。恐ろしい限りだ。半永久的に残ると言われている情報社会で、自分の尊厳に関わる部分を痛めつけられるなんて惨すぎる。

僕の学校でも、モバゲータウンとかグリーだとかに、弄られキャラの子の画像が晒されたりだとかは有った。ただ、あの頃はそういうの申請するとすぐに運営がペナルティとかにしてたな。今より個人情報という意味での肖像の流出に五月蝿かった気がする。

カップルがキス写真なんかフランクに乗せる時代になるなんて、本当に変わったなぁと思う。その当時は、そんなことをする奴は前略プロフィールに生息していた馬鹿なヤンキーくらいだったと記憶している。

そういう意味では、今はネットと現実社会が徐々に一体化してきてる。もちろん匿名文化はそれはそれとして成り立っているが、例えばSNSとかでも半分の人達は身近な人間とその周囲に伝わるくらいの情報の流出はしているだろう。

テクノロジーが変わればそれまでそこにあった暗黙の文化もそれ相応に形を変える。実名で論争が行われるのも最早当たり前となった。それはもう現実の喧嘩となんら変わりないですね。

人々とインターネットの関わりが常に変化している時代の中、時たま昔を思い出すと不便な時代の利点という矛盾に気づくこともある。

物の良さを活かすも殺すもその人次第だ。

 

 

空白の日

「もう11月になったよ」友達から来た、そんなラインの一言。

そうか、またそんなに月日が経ったんだ。気怠く麻痺した頭を両手で押さえて、僕は窓から昼間の太陽を眺めた。雨続きだった10月後半から、やっとこさ落ち着いたのか、外界は平静を取り戻したようだ。

どこか違う世界に飛ばされてやってきたような感覚を覚えた。それは決して天気のせい等ではなく、あまりにも内容の薄い日々を僕が過ごしてしまったからだ。現実世界の時の流れと、自分の中にあるそれらが大きくかけ離れてきている。命は、時間は有限なのにまるで消化試合のように……僕はずっと何かが過ぎるのを待っている。過ぎた先に安寧の日が自分に訪れると、そんな勘違いをずっとしてきた。或は、本当にその日が存在するとしても、今の自分じゃそこに辿り着けないだろう。

 

この1週間、僕はほとんど外出もせずに家に引きこもって過ごした。狭い4畳半の自室に閉じこもっていれば精神も辛くなる。高校をやめた当時のことをふと思い出した。あの頃も酷かった。友人からの誘いが有ってもそれを断り、コンビニ以外は外に出ない、そんな生活を長期間していた。その頃の自分が何をしていたのか、最近はもうあやふやだ。時の流れは、密度の濃さがない物語なんて洗いさってしまう。たぶん、小説かなんかを書いていた気がする。某雑誌の読者企画で偶然、短編小説か何かの投稿企画があって、ライトノベルの薄さをさらに引き延ばしてペラペラにしたような物を書き上げて投稿した。それが紙上に掲載されることになり、優秀賞で5万円を頂いた。そのせいで勘違いをしたのか、長編小説に挑戦していたような気がする。

もちろん、その小説はついぞ完成しなかった。自分は長期的な展望を建てて、それを遂行する能力を持っていないことに気づけた。あれはあれで良い経験になったのかも知れない。

 

2017年の僕はその頃と比べてどうだろう? 短期契約のアルバイトが終わった9月から、ネジが外れてしまったのか、働くことに対して無気力感を覚えた。先の見えない生活の中で、焦りと不安がじわじわと僕を締め付ける。このままじゃ駄目なのは分かっている。今すぐにでもアルバイトを見つけて、とりあえずそこで働けばいい。今は実家暮らしだから、最低限の生活は保証されているが、自分で自由に使えるお金がろくに残っていない。そのような状態では気持ちが落ちる。

今更、人並みの生活はできないだろう。普通に就職する、なんて願望も実は自分にはこれっぽっちもない。もちろん大人だから、世間の人達のほとんどが自分が好む職について日々勤労の汗を流しているとは思っていない。9割り方の人間は好きでもない仕事をして、それでもお金を稼ぐだろう。なんのために? 生きるために。けれど生きるってどういう所からだろう。僕は今、高い車に乗りたい訳でもない。良いお店でお酒を飲みたい訳でもない。結婚をするからお金が必要という訳でもない。最低限の額のお金があれば良い状態だ。もちろん、お金はあるに超したことはない。自分だって大金持ちならそれ相応の豪遊をするだろう。しかし、今の僕にそれは必要じゃない。

結局今の僕は自分を見失っていて、何をしたら良いかも分からない状態なんだ。働く働かない以前の問題で、謎の喪失感だけを持って呼吸をしている。

自分の生き甲斐ってなんだろう。文章を書くことは好きだが、それを職にできるような才能もない。音楽が好きでギターを弾くが腕は人並みだし、今年に入って活動を始めたバンドは色々なことがあって休止になった(これは書くと長くなるので、バンドの話はいつか別枠で書きたい)

幼い頃に描いてた夢のどれもが、特別な才能が必要になるものばかりだったので、成長して限界を推測できるようになった今、全身を投じることも出来ないのは何たる悲運か。

八方ふさがりか……とまた悲観に暮れると、現状で唯一興味のある事柄が浮かんだが、それにはお金が必要なので、結局バイト探そうという結論に至った。動け、俺の身体。

ハロウィンとルサンチマン

渋谷が浮かれている。交通規制が掛かるほど人が集まる賑わい。友人同士で仮装して街へと繰り出す。さらには、一人で参加する強者も沢山いるようだ。活気溢れるネオンと群衆。酒を飲み、写真を取り、楽しい様子をSNSにアップする。自分の人生が充実していることをインターネットで誇示することは、ある種今の若者にとっては何事にも代え難いステータスだ。僕もデジタルネイティブ世代の端くれとして、その気持ちは分からないでもない。

思い返せば、初めて個人用のノートパソコンを買ってもらった2006年。当時中学生だった僕は取り付かれたようにインターネットをしていた。ホームページやブログ。黎明期の動画サイトに投稿。人の目が集まりそうなところがあれば、いち早く察知してそのムーブメントに乗っかっていた。何よりあれは、自己顕示が一番の目的だった。自分という人間が此処にいる。そして、回線で繋がっている先の貴方に自分の事を知ってもらいたい。そんなような気持ちだったと思う。結果として、ネットや音楽(バンド活動)にどっぷりハマってしまったせいで、中学生の僕の成績は急降下して、ドロップアウトの先陣を切るが如く高校受験に失敗。チンパンジーより少し賢い程度の人間が集まるような底辺校に席を置くことになり、その後の人生をめちゃくちゃにしてしまったのだから、今なら声を大にして言える。ネットは害悪だ!……自己責任ですね。すみません。

話が大きく逸れた。世間がハロウィンにうつつを抜かしている今日この頃、現在無職で引きこもり中の僕は、この浮かれムードに辟易していた。何が仮装だよ、コスプレだよ、馬鹿野郎。

今日一日、げんなりしていた中、世間様のそんな楽しそうな話を知ってしまえば嫌でもヘソを曲げてしまう。あんな風に浮かれている奴らと俺は違う。俺はもっと大切な、有益な時の過ごし方をするんだ。己を見つめ直し、己と向き合うのだ。まったく、無職の人生落伍者がどの口叩いてそんなこと言うのだろう。おまえがやっている事と言えば、インターネットサーフィンをして、娯楽本を読み漁り、楽器を弾き歌い、一銭にもならないブログを書いているだけじゃないか。何も生産性がない。――だがしかし、やはり俺は孤高に戦っているんだ! もちろん、数分後に正気になり間違っているのは自分だと気づいた(むしろ数分もかかったのか)

結局斜に構えているだけで、自分だって楽しめる物なら楽しみたいのだ。ドラキュラコスのエロエロな女の子達に「よーし、胸の二つのパンプキンをプティングしちゃうぞー」とか普通にしたいのだ。

けれど僕の本質は、クラスの隅っこの席で傍観者気取りでいた中二病時代から何も変わっていない。永遠の中二病。きっと死ぬまで治らない病。本当は輪に入りたいのに、入ることができないから、無理矢理自分を納得させるために「あんな物が楽しいわけない! 無駄だ!」等と虚勢を張る。酸っぱい葡萄。

僕は横になる。横になると世界がどうでも良くなる。だけど、眠りに落ちて意識が無くなる瞬間まで、この世界に僕は存在し続け、無用な意識の産物は膨張し続ける。本当に自分は救われねえな、なんて思いながら。

隣国が日本を焦土化させようと兵器の実験を繰り返している中で、夜のセンター街、そこにはただ楽しいだけの空間があった。まるで別世界のように、人々は異形の装いを施して街を闊歩している。だけども思う。すべての現実は繋がっている。だから、楽しくて平和な世界は、いつ壊れてもおかしくない。しかし、そもそも壊れる前提と考えるのなら、今この瞬間を全力で楽しむ生き方のほうが理に叶っているのではないか。僕は、その一瞬を本気で楽しむ。なんてことを最後にしたのはいつだっけ。本当に遠い過去なので、記憶の棚から引き出して来るには些か時間がかかる。

ニュースを見ると可愛い子が楽しそうに写真を取る姿がそこにあった。一瞬の思い出は情報として共有され、そして今日もこのインターネット世界の広い海原に漂う。僕がこうしてブログを書くことと、それらは、結局は同じ事なんだ。

 

iQOSに変えてからの体調の変化。

がっつり喫煙者から、禁煙して、たまの飲み会で貰いタバコをするくらいだった僕が去年の夏辺りからまた喫煙者に戻ってしまった。ストレスやらなんやら、丁度そのくらいの時期に失恋的な物もしてたので、一服の紫煙に癒しを求めてしまったのかもしれない。

しかし体質がタバコに合わないのか。どことなく気管支の部分が痛んでるように感じたり、朝に身体が怠かったりと、散々だったので電子タバコに変えた。それが今年の年始あたり。ニコチン入りのリキッドは日本国内では禁止されていて購入できないので海外からの輸入代行サイトで購入してちまちま吸っていたのだが、リキッドが切れるとまたネット通販で買わないといけない。さらに届くまでにタイムラグがある。これは面倒くさいと思い、紙巻きタバコに逆戻り。あー、いっそ禁煙したい。したいけど、今はそれすら出来る精神状態じゃないなぁ、なんて思ってた頃にアイコスを購入。おー、これ結構タバコ感あるじゃん、と初日から満足だった。(アイコスは味や質感が合わない人は合わないらしく飽きて紙巻きに戻る人も多いとか)

 

そんなこんなで加熱式タバコ喫煙者になった僕ですが、紙巻きタバコを吸ってた頃に比べて、体調の面が少し変わったのに気づいた。今アイコス歴が半年くらい。変化をざっと記す。

 

・部屋のタバコ臭さが消える

・朝、起きるのが楽になった気がする

・たまにある背中の痛みや気管支(肺?)が痛む感じがなくなった

・ラーメン等の熱い食べ物蒸せることがなくなった

・息切れ(元々あまりしなかったが)が極端に減った。

・喫煙本数の減り(紙巻き時代は二日に一箱。アイコスだと三日から四日のうちに一箱程度)

 

思いつく限り、あげてみるとこういう風になった。また気づいた事があったら書きます。巷では、紙巻きよりも危ない! そんな話も耳にしますが、僕の場合は、明らかに体調の面では紙巻きタバコより良くなりました。個人差があるので、断言できませんが。

逆にアイコスに変えてから気になることが

 

・吸ったら手足が冷える

・ヤニクラが増えた

 

でしょうか。

これは恐らくニコチンの多さだと思います。紙巻きタバコの時は連続で吸ったりとかがありましたが、アイコスは一本吸ったらもうしばらくは充分……ニコチンが強いので、そこが少し怖い。ニコチンが弱いヒートスティックも出して欲しいなぁ。

それと、アイコスは紙巻きより銘柄が少ないのが難点。現時点ではマルボロの六種類しかない。もう少し選択肢を増やして欲しいところ。僕は普段スムースレギュラーを吸っています。

ロシアなんかだと、アイコスのパーラメントが売ってたりするらしい。

日本でも販売開始してくれ!