音楽の話

最近気に入った曲を紹介する。定期的にやっていきたい。

www.youtube.com

Thundercat Them Changes.

オートワウのような音のベースラインがとても癖になる一曲だ。イントロでやられてしまった。他の曲のライブ映像も見たが、この人は技巧派のベーシストだ。このグルーヴ感で安定しながら歌唱するのが凄い。ライブだと3人のみのシンプルな編成で、このスマートさもまた格好良い。

今日はこの曲でも聞きながら夜の散歩に行ってきます。

明日もまたバイトだ……。

計画を立てるな

ホリエモンが「未来に怯えず、計画を立てるな。計画通りに行く事なんて人生にはない」と言っていた。うーむ、確かにと思う。

 

年頭に思い描いていた今年の計画は悉く実行できていない。読みたい本をいくらか読めた。バンド活動を再開させた。……と、少々のことはできた。しかし、これが完全に自分が望んでいた形か? と考えたとき、ほとんど現実では違うことが起こっている。理想と計画は違うなぁ。計画をたてるにしても、そこに感情を介入させるのは良くない。何かが成された時に、「これなんか違うんだよなぁ」が自分には多すぎる。

もう少し、今を楽しむことにシフトして行くほうが良いだろうなぁ。

 

もう随分と前になるが(もう自分もそんなに歳とったか……)まだ自分が中学生・高校生だった頃なんて、その日一日のことだけを考えて生きていた気がする。

「帰ったら、ギター弾いてからゲームやろう。ああ、あの本も読もう」計画などではなく、予定くらいに収めておいて、出来る時間が来たらすぐに実行する。色々なことに集中できた。

当時は、楽器練習・ホームページ運営・カラオケ・たまに釣り・etc 今では考えられないほどの多趣味だったがそれを全部楽しんでいた。

 

それが二十も半ばに差し掛かると「今日は疲れてるし、来週やろう」「また明日これを考えよう」物事を先延ばしにしてしまい、結果だらだらとしか出来ず、メリハリがないため不完全燃焼。このパターンに嵌ってしまっている。

 

明らかに集中力が落ちている。困った物だ。

 

 

「見て覚えろ」その弊害

「職人の世界と同じだよ、ああいうのは見て覚えるんだ」

先日ふとした時、こんな話がバイト先で出てきた。今日はそこで僕が今思っていることを書く。

最近だとマニュアル化がなされてる職場も増えて来ているとは思うが、やはり多くの日本人は「見て覚えろ・感覚を掴め」を非常に信奉しているのだと感じざるを得なかった。彼らの多くは物事を非常に曖昧に捉えて感覚に落としている。そのため、こちらが具体的に聞かないと答えてくれない時もある。

「俺らの世代は丁寧に教わるってことをしてこなかったから、説明するのが得意じゃないんだ」

これについて僕は実感を伴って理解できた。

ある業務に当たったとき、とあるご年配の方が「これはこういう風にばーっとやるとか」「コツがあるからそれに気づく」だとか、擬音語を使ったあやふやな説明や、こちらの自発的な気づきを頼りにした説明をささっとするだけ終えてしまって、僕は「ええ、おいおい」と多少戸惑った。少し手違いをすると、違う違うそうじゃないと注意が入る。これは非常にやり辛い。最初から一定の型を示してくれて、それについて具体性のある方法を教えてくれれば無駄に時間を食わなくて済むと思う。

僕はこのような場合、全体を把握するのは諦めて、部分部分をこまめに聞くようにしている。それを積み重ねて全体像を頭にいれて初めて自分から動けるようになった。

そして、これらについて考えていたら、つくづく僕は日本で一般的な企業で働くことは無理だなと思った。上司や先輩会社員の性格や理解度で、その下の人間のパフォーマンスがおおよそ決まる。駄目な社員を駄目なままに留めているのは、実はそういった上に立つ人間にも責任があるのではないかと思うわけだ。

僕の知り合いから聞いたこういう話があった。

Aくんという少年が兎に角、担任教師と馬が合わず、またその教師もAを最初から問題児で出来の悪い子だと認識しているために、ずっと扱いが悪いままでAは学業不振に陥っていた。がしかし、新学期になり新しい教師に変わると、今まで駄目だったAは急に成績を伸ばしそれていた横道から軌道修正し、無事に志望校に合格した。

果たして、Aくんはそれまで単にできの悪い子だったのか、それとも元々出来る子だが、押しつぶされていたのかは真相は分からない。ただ、最初の担任は評判が悪く、次の教師はとても有能な先生だったそうだ。

このように、「教え方」ひとつで人はいくらでも変わるのだと僕は考えている。勿論それは自分の今までのちっぽけな人生経験を加味しても多いに実感している。ただ僕は根本で誰かの下について、あーしろこーしろ言われるのが生理的に好きじゃない。それが対して自分にとって思い入れのない事柄だとしたら尚更だ。自営業をする人で、人に使われるのが嫌だったと言う率は高いと思う。僕も出来れば、責任をすべて自分で負う変わりに自分の好きなようにやって金を稼ぐ方法を考えなければな、と切に思うのであった。

雑記終わり。

バイトとか

本格的な夏入りをして僕の身の回りも少しずつ変化してきた。ひとり暮らしを始めた友人のほぼシェアハウス化したような部屋に入り浸ったたり、再開したバンドのPV撮影をしたり。何よりバイトを始めた。短期間の夏っぽいバイトだ。業種は伏せる。別に隠す必要はないけどね。

朝早いのが辛いところである。学生またはニートをしてるときは無駄に朝早くに起きていろいろとしていたがバイトとは言えいざ働くとなると途端に布団から起き上がるのが億劫だ。どうやら僕は何かに拘束されてしまうのに極端に弱いらしい。朝起きて、「ああ今日は海岸に行って海でも見ながらコーヒーを飲むか」そういう自由がなくなる。それはとても辛い。ふと、どこかに、感じた時に、ふらっと行けるような自由があるって素晴らしいと思う。

 

さて、バイトの話に戻る。バイト先はほとんどがシルバーの人材で構成されている。若い世代は僕を含めて4〜5人かな。今のところ、ずっとお爺さんお婆さんとしかシフトが被らないので超高齢化社会を感じる。自分の心まで老いる錯覚を覚える。業務上、空き時間が多いので、空いた時間で彼らと事務室で過ごす事になる。そこでまず感じるのが異常な昔話の多さである。どんだけするんだ。昭和時代の町並みの話、昔はあそこに防空壕の跡地が有ったとかそういうの、今は無くなったけどあのお店のパンが美味しかったとか……へぇそうなのかーって感じだ。聞いてて面白いときもあるが、その時代に生きてない僕はその話についていくことはできない。同じ地元なのに違う世界の話をされてるみたいだ。

時間の流れが緩やかなバイト先で、正直暇である。それは非常に有り難いことだし助かるが、ひとつ問題がある。彼らご老人ひとりひとりの指導内容が結構食い違っているのだ。例えば閉館作業の掃除のやり方ひとつ取っても結構違う。

こんなところぱぱっと済ませば良いんだよ、という人もいれば念入りに丁寧にやりなさいという人もいる。戸惑う。片方の言う通りにやれば時間かかりすぎと言われるし、もう片方のやり方をすればもっと時間をかけろと言われる。

しまいには、「あの人のやり方は違うんだよなぁ、ここはさ、たぶん皆やり方が違うからその状況に合わせて判断しな」と言われた。老人同士のちょっとした考え方の違いに振り回される。僕は結果が良ければ、合理的な方法を選べばいいんじゃないかと思う。例えば、何から始めるだとか、掃除の手順が多少違っても結果的に掃除が終わればそれで良いじゃないかと思う。彼らはお互いに折れるということを恐らくあまりしない。僕も年老いて行くと凝り固まった自分のやり方でしか物事に当たれなくなるのだろうか? と軽い恐怖を覚えた。

幾つになってもフレキシブルに動きたいものだ。

 

American Football 来日ライブ 赤坂BLITZに行ってきた

更新するのが遅くなってしまったが、忘れないうちに書いておこう。

今月の6月7日、エモロックの金字塔で伝説のバンド、American Footballが来日した。東京と大阪で計三回ライブがあり、僕はそのうちの赤坂ブリッツの一日だけ参戦した。前日の公演では終わった後にメンバーが写真撮影やサイン等に応じたらしい。なんてことだ羨ましい……。

 

東京メトロに乗り、赤坂見附に着く。

付き添いの友人とまずは軽い腹ごしらえへ、日高屋油そばを食す。

リーズナブルだが満足の行く味、コスパは大事だなーと他愛無い話をしつつも徐徐に近づいて来るライブの時間に胸が高鳴る。開場時間になったのでブリッツへ移動。ドリンクはビールを選択して、喫煙所で軽く一服。この時吸った煙草は何故かめちゃくちゃ美味かった。

f:id:IQ777:20170614084214j:plain

客層は様々だった。タトゥーだらけのロック兄ちゃん、チェックのネルシャツを身に纏った見るからにナードな青年、ロキノン風黒髪マッシュ野郎など、みんなが今日アメリカンフットボールを見に此処に集まってるのか……と思うと少し胸が熱くなった。それと可愛い女の子も結構多くてこれは意外だった。エモ好きの女子と一体どこの世界線で出会えるのだろうか? 謎である。

 

前座で日本のミツメというバンドがパフォーマンスをした。2、3曲知ってる程度で深くは聴いたことがなかったが、彼らの曲では『あこがれ』『煙突』という曲が凄く好きだ。The1975風のギターリフの曲で、ちゃかちゃかとノリが良い。ボーカルが度々MCをするのだが、凄く謙虚な青年だった。

「次はアメリカンフットボールのライブなんで楽しんで行ってください……」と控えめなMCである。もう少し自分たちのバンドを売り出してしまっても良いのでは……と思ったが、バンドのテイスト的にもこのくらい朴訥としてるの丁度いいのかもしれない。演奏はとても上手で、ギターソロも弾けていた。楽しかった。

彼らの演奏中に、舞台袖でマイクキンセラを含めたアメフトのメンバーが見ていて、それに気づいた瞬間、僕は凄くテンションがあがってしまった。『ま、マイクだ!本物だ!』と心の中で叫んだ。

そしてミツメのライブも終わり、いよいよ真打ちアメリカンフットボールの登場……。

f:id:IQ777:20170614083940j:plain

格好よすぎる! 新旧含めた楽曲でライブは進められた。

大好きなHonestly? のギターリフが弾かれた瞬間、身体に熱が入る。やばいやばいやばいと頭の中で繰り返していた。あー、やっぱマイクギターうめぇな。ラモスのドラム迫力すげー。何この変拍子なのに乗れちゃう感覚は。音楽に身を委ねて、僕はずっと身体を揺らしていた。

マイクは朝日のスーパードライを飲みまくっていた。缶を開ける音が会場に響くとオーディエンスは皆笑った。

My instincts are the enemyのイントロは何度もミスを繰り返してやり直していた。マイクのこの適当差加減も格好いいんだよなぁ。

それにしても憧れのマイクキンセラのギタープレイは胸に来るものがあった。この人に自分はどれだけ影響されてきたのだろうか。ソロプロジェクトのOWENも含めて、彼の弾くギターはとても切なく、美しい。

 

そして、ライブもいよいよ終盤。ギターのホルムスがミュートをして軽くイントロだけを弾く、Naver meantだ! 

マイクが少しMCをすると、ラモスのドラムが入ってあのイントロが始まる。うわぁぁぁ、きた。

ライブが終わるんだ。ずっと聴いていたい。目頭が熱くなる。

「Let's just forget〜」僕も一緒になって歌った。

この曲はやはりアメフトファンにとっては特別だ。エモの歴史に残る名曲であり、入り交じるように鳴る変則チューニングによるギターのアルペジオは、感情を最高潮に揺さぶる。

ロディアスで疾走感があり、ディストーションなどに頼らなくても、エモーショナルを表現できた奇跡の一曲。

彼の曲と過ごした日々を思い出し色々な情景が心を行き交った。挫折と焦燥感に苦しんだ時、女の子に振られた時、首都圏から離れて地方で過ごした学生時代、ど田舎の夜に星空の下でひとりタバコを燻らせながら聴いたNaver meant.....。

これから僕はどうなるのだろう、ただ分かるのはこの先もきっとこのバンドの曲を僕は聴き続けるだろう、そう思って僕は彼らが去って行くステージの上をずっと見ていた。

魔法のような夜は終わり、僕は友人と電車に揺られて、家に帰った。

バンドをやる敷居の高さについて

バンドというのはとても難しい。何故なら、それは人間関係を中心に発展される共同体であるからだ。趣味や性格が近い人間が枠に嵌るように集まりなんてことは、まずなくて、多くの場合は妥協やそこにいたるまでの環境で決まってしまう。

有名どころのバンド等を見ても、幼馴染みだとか、高校の部活で知り合っただとか、大学のサークルで……なんて話がほとんどだ。多くの要因は運命で決まる。才能のある人間と偶然バンドが出来ちゃった人はその才能にオンブに抱っこで、スター街道を伸し上がるということも十分にありえるのだ。

さて、僕のバンド人生はというと、満足なものが出来たことは少しもない。

例に漏れず僕も小学校からの友人とバンドを組んだり、高校の軽音楽部で活動したりと、そこそこコミットしようとしたものの何故だかどれも上手くいかなった。モチベーションの差だったり、ちょっとした違和だったり、各々の生活情勢だったりで、スケジュールを調整するのも、音楽に対する熱意を合わせるのも、どれもがとても難しくなる。そうなると綻ぶのは簡単で、何もしないで聴いてるだけで楽しいや、自分がプレイヤー側になると音楽やるのが嫌いになりそうだ。と僕は少し引っ込んでしまう。

僕は僕自身が音楽を嫌いになる事を極端に恐れている。そうであるから、音楽自体から娯楽性が失われて厳しく苦しい物になるのが耐えられないのだ。

そんな人間が本気でその道で成功できるなんて有り得ない。だから、僕は趣味として音楽を愛し続けられる程度の距離感でいいや、と割り切ることができた。

しかし、それでも小さな頃からの夢というのは恐ろしい。やはり未だにミュージシャンになれるなら、スターになれるなら、なってみたいなぁという願望は幾分か残っている。10代の頃に大好きだった洋楽ロックからの影響というのは自分の中で希望の方向性を明確に位置づけた物であり、生きる意味の原点なのだ。

だから、同い年くらいでバンド活動に本気で打ち込める人間が羨ましく思える。売れるか売れないか、分からない博打の世界で共に戦って行ける仲間を見つけて、一緒にその目的に向かって、歩き続ける同士がいるという一体感を一度味わってみたい。例えそれで芽が出なくても、何か心に残るものがあるのだろう。

有名どころのバンドなんかを見てても、運命のようにメンバーと出会えていて、自分にはその縁がないのかなぁ、と少し落ち込む。

さて話は変わるが、それでもまだ僕はバンドを始めそうだ。ここまで暗い話を書いておいてなんだと言われるかもしれないが。

小・中の同級生と再びやることになる。最後にこのメンツで音を鳴らしたのが六年前くらいだろうか。そのときはデモを作って応募なんかをしたが、網にも引っかからなかった。各自の事情で段々とバンドで集まることは減り(もちろん遊び等の交友関係は相も変わらず続いていたが)そのメンバーで音楽をやることはあまりなくなった。

何故、今回もう一度やるのか。僕が山梨から地元に帰って来て、友人のひとりH君にまた音楽やってみたいなぁと言ったところ「ちょっとずつやってこうか」という話になった。そのタイミングで、ドラム担当だったG君が東京から地元に帰って来ることが決定し、また出来そうな雰囲気が漂っているのだ。G君もそこそこノリ気なようで、ある程度大人になった今だからこそ、ちょっと違った感覚でバンドを楽しめるかもしれないという希望的観測が自分の中に芽生えつつある。

次また音楽活動をするなら第一に「楽しく」がもう絶対条件だ。今更ながら売れようとかは、思うことはできないが、ちょっとしたスポットライトに立てるくらいは出来たらいいなと考えている。活動方法には若干の構想があるので、それも交えつつ気楽にやっていこうと思う。まずは適当に好きなバンドのコピーをして、余裕があるならオリジナルを作って遊んだりしたいな。ライブもやりたい。

今日はここまで。

6月に入った。

月が変わっても無気力は変わらず。

一応来月からは短期バイトの予定が入っているが、一ヶ月間はどうしようもなく暇である。正直なところ、時間の潰し方は色々ある。見てない映画を見たり、本を読んだり。

しかしイマイチやる気が起きないという。怠さが勝る。

家でじっとしてるのもあれなので、ラーメン食いに行ったり適当に散歩したり。

堕落した生活も定型に入ると、先が見えずに塞ぎ込んでしまうなぁ、気持ちが。

 

 

 

 

あ〜、しんどい。